有限要素法にもとづく義歯設計とは
有限要素法にもとづく義歯設計は、ウィーン大学で補綴学の教授を務めたルドルフ・スラビチェック教授が、有限要素法の解析をもとに考えた、部分入れ歯の設計の考え方です。
部分入れ歯を支える歯に、できるだけ生理的な方向と大きさの力だけがかかるように、入れ歯の形を決めます。
部分入れ歯は、残っている歯に、入れ歯を留める部分(維持装置)をかけて使います。
維持装置がかかっている歯を、鉤歯(こうし)と呼びます。
有限要素法は、一般に、コンピューター上につくった形のモデルに力の条件を与えて、内部に生じる力(応力)や変形(ひずみ)を計算する方法です。
形を細かな要素に分けて計算することから、「有限要素法」と呼ばれます。
歯科でも、歯や入れ歯にかかる力を調べる研究に使われています。
当院では、教授の解析をもとにしたこの設計の考え方に沿って、お一人ずつの部分入れ歯を設計します。
院長がこの考え方を教授から直接教わったのは、2000年のことです。
当院では、噛み合わせは佐藤貞雄教授の考え方を、入れ歯の設計はスラビチェック教授の考え方を、もとにしています(オーストリアン・ナソロジー)。
有限要素法にもとづく義歯設計のしくみ
部分入れ歯は、噛むと沈んで回転します
部分入れ歯のうち、奥の歯を失った所などを補う部分は、歯茎の上に乗っています。
噛むと、この部分は歯茎を押して沈みます。
このとき入れ歯は、支える歯のあたりを軸にして、回転するように動きます。
写真では、前の支える歯のあたりを横に通る線が回転の軸で、奥の人工歯の部分が、歯茎の方へ沈みます。
支える歯にかかる3つの力
入れ歯が回転するように動くと、支える歯(鉤歯)には、次の3つの力がかかります。
| 力 | 歯にかかる向き | 院長の考え |
|---|---|---|
| 浮上力 | 歯を引き上げる向き | 小さな力でも、生理的ではない |
| 傾斜力 | 歯を傾ける向き | 一定の範囲なら、生理的 |
| 圧下力 | 歯を根の方向へ押す向き | 一定の範囲なら、生理的 |
歯の根のまわりには、歯根膜という薄い組織があり、歯にかかる圧力を感じ取るセンサー(メカノレセプター)の働きをしています。
院長は、歯が根の方向へ押されるとき、体は反射の仕組みでその力に応じられると考えています。
一方、歯を引き上げる浮上力は、入れ歯ができて初めて歯が受けるようになった力で、体にはまだこれに応じる反射の形ができていない、と院長は説明しています。
そのため、浮上力はなくすか、できるだけ小さくすることを目指して設計します。
教授は、この力のかかり方を物理学的に解析し、実際の入れ歯の設計に使える形にしました。
歯と歯茎では、沈み方が違います
部分入れ歯は、残っている歯と、歯のない所の歯茎の両方で支えます。
院長の説明では、噛んだときの歯茎の動きは、歯の動きの10倍ほどあります。
一般に、奥の歯のない所を補う部分入れ歯では、支える歯と歯茎の沈み方が違うために、硬い金属のフレームを通して、歯のない所の隣の支える歯に、奥の方へ傾けるような大きな力がかかりうるとされています。
当院では、この沈み方の違いを、フレームやアタッチメントの設計で分け持たせます。
フレームの中で、固い所と動く所を分けます
入れ歯の骨組みにあたる金属の部分(フレーム)は、どこも同じ硬さにするわけではありません。
写真の赤い円の部分は、フレームとして全体に強い硬さを持たせる所です。
ここを固くすることで、黄色の矢印の、動く部分の動きを一定にします。
噛むたびに入れ歯が同じ動きをすることで、口から脳へ伝わる情報も一定になる、と院長は考えています。
断面の形で、たわみ方を変えます
同じ金属でも、断面の形によって、たわみ方が変わります。
断面が平たい部分は、力がかかるとたわみます。
断面がかまぼこの形の部分は、たわみにくく、力をそのまま伝えます。
そこで、圧力がかかりやすい歯に対しては、断面の平たい部分で、圧力を逃がす仕組みをつくります。
反対に、力を確実に伝えたい所には、断面がかまぼこの形のフレームを使い、変形を防ぎます。
左右をつなぐフレームの役目
左右をつなぐ金属のフレームには、入れ歯に必要な働きをまとめて持たせます。
一般に、部分入れ歯では、入れ歯が外れるのを抑える働きを「維持」、入れ歯が横に揺れるのを抑える働きを「把持」と呼びます。
下の入れ歯で左右をつなぐ部品(リンガルバー)は、入れ歯の中でも、とくに硬さが要る部品です。
白金加金とコバルトクロムで、管のように中が空いた構造にして、全体の硬さを高めたものもあります(白金加金)。
当院が有限要素法にもとづく義歯設計を取り入れる理由
支える歯にかかる力を、整えたいから
院長は、部分入れ歯の設計では、支える歯にかかる力のコントロールが欠かせないと考えています。
アタッチメントなど、入れ歯と歯をつなぐ部分の設計は、残っている歯やそのまわりの組織に直接力がかかるため、とくに大切です。
歯根膜に、生理的な力を伝えたいから
歯根膜は、圧力を感じ取るセンサーです。
院長は、ここにどのような力が伝わるかが、入れ歯の長い経過を左右すると考えています。
昼の働きと、寝ている間の歯ぎしりの両方を考えるから
当院では、フレームや人工歯の細かな形を、昼の働きと夜の働きの両方を考えて仕上げます。
昼は、噛む、飲み込む、話すといった働きを、体に無理なく営めるようにします。
夜は、寝ている間の歯ぎしりを生理的な範囲に保てるよう、噛む面と顎関節の動きが調和する形にします。
院長自身が、設計の考え方を改めてきたから
院長は、1991年ごろ、支える歯への力のかかり方をすべて固定して入れ歯を支える形式(リジッドサポート)を中心に、入れ歯をつくっていました。
その後、歯根膜を「感覚の受け手」としてとらえるスラビチェック教授の考え方を取り入れ、設計の考え方を改めました。
院長は、設計の良し悪しは、4〜5年といった短い期間では判断できず、多くの入れ歯の長い経過を見て判断するものだと考えています。
一度つくったら終わりではなく、科学の進歩に合わせて、装置も見直していくべきだとも考えています。
当院での実際
部分入れ歯の設計で考えること
当院では、部分入れ歯を設計するとき、主に次のことを考えます。
- 検査の記録:残っている歯、歯茎(粘膜)、骨格、顎の動き(分割模型・粘膜の記録・ラテラルセファロ分析・キャディアックス)
- 噛んだときに、入れ歯がどう沈み、どこを軸に回転するか
- 支える歯にかかる力の向きと大きさ。それに合わせた、維持装置やアタッチメントの位置と形
- フレームの中で、固くする所と動かす所。断面の形
- 着け外しの方向と、噛んだときに力が伝わる方向(パラレルミーリング)
形にして、確かめる
設計した形は、ワックスでつくり、鋳造して金属に置き換えます(ワックスアップ・鋳造)。
仮義歯にも、最終の入れ歯と同じ仕組みを持たせ、使っていただきながら確かめます(仮歯・仮義歯)。
入れたあとも経過を確かめ、必要に応じて調整や修理を行います。
使う金属の種類が変わっても、設計の考え方は変わりません。
前後に歯が残っている所を補う入れ歯
前と後ろに歯が残っている所を補う部分入れ歯は、噛むと、天然の歯と同じように根の方向へ沈みます。
このとき、残っている歯にも根の方向へ力が伝わるように、アタッチメントの面をミーリングで整えます。
上下の歯並びが、大きくずれているとき
上下の歯並びが横に大きくずれていると、噛み合わせの縦の支えが得られにくくなります。
そのような場合、金属のフレームを上あごの内側(口蓋側)へ延ばして、下の歯を受け止める、噛み合わせの受け皿にする設計があります。
写真の赤い円は、もともと上の歯並びがある範囲、緑の円は、下の歯並びがある範囲です。
将来の変化に備えて
年齢とともに、あとから残せなくなる歯が出てくることがあります。
そのようなときは、入れ歯に人工歯を足す修理を考えます。
そのため、あとから修理できる素材と構造で、入れ歯をつくっておきます。
修理には、院内のレーザー溶接を使います。
有限要素法にもとづく義歯設計でできること・できないこと
有限要素法にもとづく義歯設計でできること
- 噛んだときに入れ歯がどう沈み、どこを軸に回転するかを考えて、支える歯にかかる力の向きと大きさを整える
- 支える歯を引き上げる力(浮上力)を、なくすか、できるだけ小さくすることを目指す
- 歯と歯茎の沈み方の違いを、フレームやアタッチメントの設計で分け持たせる
- フレームの中で固い所と動く所を分け、断面の形でたわみ方を変える
- 使う金属が変わっても、同じ考え方で設計する
できないこと・当院での補い方
| できないこと | 当院での補い方 |
|---|---|
| 設計だけで、入れ歯のその後を約束すること | 入れたあとも経過を確かめ、調整や修理を行う(入れ歯のページ「長く使うために」) |
| 支える歯そのものの病気(むし歯・歯周病など)を治すこと | 残っている歯の治療を、治療計画に含める(歯周病のページ) |
| 一人ひとりの歯茎の厚みや性質を、計算だけで知ること | 粘膜の記録 |
| 噛み合わせの位置や、人工歯の角度を決めること | キャディアックス・ラテラルセファロ分析・人工歯の排列 |
| あとから歯を失うなど、お口の変化を止めること | あとから修理できる素材と構造でつくる(レーザー溶接) |
一般に、有限要素法の解析は、体の組織をある程度単純にしたモデルで計算するため、実際の体の中の力とは差が出ることがあるとされています。
歯茎の厚みや粘り気などは、解析のモデルにはほとんど入れられていない、とも指摘されています。
よくあるご質問
- 鉤歯(こうし)とは、何ですか?
部分入れ歯を留める部分(維持装置)がかかっている歯のことです。
部分入れ歯は、この歯と、歯のない所の歯茎で支えられます。
当院では、鉤歯にかかる力の向きと大きさを考えて設計します。
- 金属の種類によって、設計は変わりますか?
設計の考え方は、使う金属の種類にかかわらず同じです。
そのうえで、必要な形や硬さに合わせて素材を選びます。
- 入れ歯をつくったあとで、残っている歯を失ったらどうなりますか?
状態によっては、入れ歯に人工歯を足す修理を考えます。
当院では、あとから修理できる素材と構造で入れ歯をつくり、修理には院内のレーザー溶接を使います。
修理ができるかどうかは、その時の入れ歯とお口の状態によります。
- この設計の入れ歯は、どのくらい使えますか?
入れ歯を使える期間には個人差があり、お約束はできません。
当院では、つくった入れ歯の経過を記録して確かめ、調整や修理を続けます。
院長は、設計の良し悪しは、長い経過を見て判断するものだと考えています。
関連する技術・治療
- アタッチメント
- パラレルミーリング
- 粘膜の記録
- オーストリアン・ナソロジー
- 使用している技術の一覧
- 入れ歯(精密義歯):検査した情報を、入れ歯の形に反映させます
- 入れ歯(精密義歯):総入れ歯と部分入れ歯、それぞれの考え方
参考にした資料
一般的な説明(有限要素法とは何か、部分入れ歯での一般的な力のかかり方、維持と把持という言葉の意味)に、次の公開資料を参考にしました。当院のやり方は、院長の投稿・説明によるものです。
- 若林則幸「歯学研究における有限要素解析の応用:非線形解析を中心とした近年の進展」日本歯科理工学会誌 32(3):226-239, 2013
- 山下秀一郎「パーシャルデンチャーの力学を再考する:残存歯の保護を第一とした動かない義歯」日本補綴歯科学会誌 12(1):16-22, 2020
- Zhu Y, et al. Biomechanical considerations in RPD design: application and perspective of finite element method in distal extension removable partial denture rehabilitation. Frontiers in Dental Medicine. 2025;6:1667504(英語)
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